このページでは、Javascriptを使用しています

病院からのお知らせ


2017.06.22

日本看護協会 第7回「忘れられない看護エピソード」優秀賞受賞 「Kataro-sa」での出来事を記したエッセーの紹介


日本看護協会 第7回「忘れられない看護エピソード」で、当院のがん性疼痛看護認定看護師が優秀賞を受賞したがんサロンピアサポート「Kataro-sa」(かたろーさ)での出来事を記したエッセーを紹介いたします。

がんサロンのパイオニア

 「ワシは子どもの時から、5段階の通知簿で、2か3しかもらったことなかったのに、病院に来て初めてステージ4という数字をもらった。ついでに、先生は、あと6ヶ月ですと母ちゃんに言うたらしいけど、ワシは先生の期待に添えなくて申し訳ない。3年目を迎えてしもて先生に謝っとる。裏切ってすんませんって。」と笑う男性のYさん、63歳。とても明るく豪快に話された。それを聞いた33歳のSさんの暗い表情が、パッと明るくなった。抗がん剤の治療中で、気持ちがとても沈んでいる時だった。「手術できるだけいいってことやぞ!通知簿4になったら、そう簡単に医者はメスを持たんくなるんやぞ。」とSさんに話すYさん。ちょっとハスキーな声で穏やかな口調は優しい。この日を境に、Yさんと若いママの信頼関係が育まれていった。
 壮絶な治療の末、突然の肺炎を併発して、昨年3月にYさんは永眠された。がんサロンでどれだけの方々が、Yさんに励まされたことだろう。「こういう場所は、絶対大切や。病室でカーテンを閉め切って、おとなしくしとるよりも、ここに来ていろんな人と話したり、笑ったりするほうが、絶対元気になれる。もっともっと、みんなこういう場所に来るべきや。」といつもサロンの人たちを勇気づけていた。
 NHKの取材の話があった時も、「いわゆる個人情報というものを伏せる必要は全くない。」と言い、事実に基づいて堂々と取材を受け、全国に放映された。
 Yさんの家は、石川県の能登半島。病院のある場所から車で約3時間かかる。お葬式の日、私は、Sさん夫妻とNHKのディレクターに出逢った。Yさんの奥様にお香典を渡そうとしたSさんの手を握り、奥様はしみじみおっしゃった。「これを受け取ったら、お父さんに叱られるわ。『わしの大事な仲間や。いらん。』って。」Sさんは、ボロボロと泣いた。
 今、がんサロンにYさんの写真を飾っている。Yさんは、いつも見守ってくださっている。

がんサロン ピアサポート Kataro-sa(かたろーさ)
がん性疼痛看護 認定看護師 北野真実




このページのトップへ